全日本1万局を完成の後は、自然と次は全世界1万局へと目標は移りました。
貧弱な設備の私には少々厳しい目標でしたが、目標は少し高めに置いた方が。
DXQSOを始めた頃はSSBが中心でした、段々CW中心になっていくと徐々にQSO数が 増えていきました。
それはCWですと弱い私の信号でもけっこう拾ってくれるからです。
秋のWWDXコンテストはSSBもCWも積極的に参加、春のARRLやWPXもできるだけ参加し 初めての局には片っ端からQSLを発行し、相手からのQSLをひたすら待ちました。
全世界1万アワードにもテーマ局があります。 その中で200エンティーティー分は比較的楽に集められます。
意外と難しいのはITUゾーンでしょう、特に旧Uゾーンに当たるゾーン19〜ゾーン26。
ITUゾーンが明記されているQSLは少なく、QTHでゾーンを確認するにはネットなどを駆使し 探しあてました。
モスクワのゾーン29 すぐ近くのウラジオストク或いはサハリンのゾーン34はQTHからゾーンは判明しますが、その他の場合
ITUゾーンが明記されているQSLは少なく、QTHでゾーンを確認するにはネットなどを駆使し
探しあてました。ソ連時代のQSLはQTHは書かれておらず、OBLNoのみ場合も多く
途中なかなか見つけられないゾーンもあり、あれ〜、見つからなかったらどうしようと不安になりました。
注意しなければならないのがゾーン42
普通一般に9N(ネパール)が該当するはずですが、 どうも「国際電気通信条約(1973年マガラ・トレモノリス)付属無線通信規則付録第1号の附属書「放送のための地理的地帯」の区分(75ゾーン)の線引きにもとずくと、ネパールを42ゾーンとする根拠に乏しい・・・、よってたとえ9NからのQSLにゾーン42と明記されていても 無効であるとのこと。
私も何の疑いもなくゾーン42を9N局で申請しましたが、上記の理由により無効であると 連絡があり、戸惑いました。
結局ゾーン42は諦め、3Y0X PeterI をゾーン72で追加し、テーマであるITUゾーン70以上をクリアしました。
ITUゾーンは90に区分けされますが、ゾーン76以降は陸地、島が全くないところであり、実質75ゾーンです。
後で分かったのですが、我が日本の領土、JD1南鳥島がゾーン90のようです。
但し、ゾーン42の件もあり自信は無いのですが。
全世界1万局は、
1973年の28MHzAM(アンテナは7MHzのDP)で1stDXQSOから45年間かかっての完成です。
アンテナは21MHz3ELHB9CVを約5年間、14MHz3EL八木を約10年間、その後14/21/28MHzの2ELのキュビカルクワッド
そしてリグの出力は100Wでの成果です。
世界10,000局よみうりアワードは宅配便で届きました。
全日本10,000局よみうりアワードの時は大手町読売新聞本社にて表彰式、一緒に受賞された方やJARLやその他
関係者との懇談会まで開いてくださいました。
しかし、徐々に簡素化され、支社でこじんまりと表彰式となっていたようです。
今回は新コロナの影響でそれもなし、後日電話でにインタビューがあるそうです。
以前はA証(2500局)、B証(5000局)、A証(7500局)と自宅まで記者が来られ、インタビューがあり、
お決まりのシャックでの写真撮影をしていきました。
アワード自体も全日本10,000局の時は2つ折りの立派な賞状でした。
その後受賞者のHPなどをみているとそれもちょっと見劣りするするものになっていて
今回もそれを想像していたのですが、賞状ではなく立派な盾になっておりビックリでした。
電話でにインタビューと書いたのですが、このページをアップして約1週間後読売新聞支社の記者から電話があり、
インタビューのため自宅を訪問したいとのこと。
当日はシャック内で小一時間のインタビュー、最後に新聞記事用の写真撮影でした。
そしてその1週間後、新聞記事となり、一連の行事が終了、一区切りとなりました。


